GFと出かけたトゥール・ダルジャン、縁の欠けたグラスでリカルドを飲んだ

世の中には、一応、行ってはみたいんだけれど、でも、今のところはちょっとね、みたいな場所というのもあります。あまりにも、旬《しゆん》になり過ぎている場所が、それです。たとえば、ホテルニューオータニの中にあるトゥール・ダルジャン(La Tour D’Argent)が、です。ソニービルの地下にあるマキシム・ド・パリも、かつては、「今のところは、ちょっとね」の存在だったと思われます。けれども、時の経過が、初めての訪問者に対しても、ごくごく普通の気持ちで訪れることを許すようになっています。

去年の九月四日にオープンしたトゥール・ダルジャンの場合は、まだ一年もたっていないせいか、それを許すだけの余裕を持っていないように思えてしまいます。それで、「今のところは、ちょっとね」な存在です。もちろん、気になる存在ではあるのです。行ってはみたいのです。けれども、だからといって、いそいそとカップルでお出かけするのは、なんだか農協の旗を持ってパリのフォーヴル・サントノーレ通りを歩くような感じもして、ちょっぴりいやらしい衒《てら》いから、尻込《しりご》みしたくなります。

五月三〇日、午後七時、件《くだん》のトゥール・ダルジャンへ勇気を奮ってお出かけしてみました。その日がバースデーだった成城大学のガールフレンドとです。ロビーからトゥール・ダルジャンへと続く通路には、さきほどまでの喧騒《けんそう》がウソに思えるくらいの静謐《せいひつ》が漂っています。こうした、使い慣れない単語で形容したくなる、重厚な雰囲気《ふんいき》であります。

エントランスには、開店以来、東京店を訪れたらしき著名人のサインが何枚も、額に入れられて飾ってありました。多分、お客の比率としてのかなりの部分を占めるであろう、目先の金銭的羽振りだけが自慢の中年おじさんに連れられてやって来た、よこしまな関係を結ぶ若い女の子が喜びそうであります。

ウエイティング・バーで、彼女はトゥール・ダルジャンのオリジナル・カクテルを、僕《ぼく》は、縁の欠けたグラスに入った、薬草みたいな味のするリカルドの水割りを飲みました。予想されたよこしまなカップルが二組ばかりと、こちらは夫婦らしきカップル六人グループが一組。そして、山本益博《ますひろ》夫妻と春風亭《しゆんぷうてい》小朝・岸本加代子“夫妻”の四人グループも、バーにいらっしゃいました。

匿名《とくめい》の調査員たちによる評価だからこそ客観性を持たせることの出来るフランスのホテルレストラン・ガイド、『ギド・ミシュラン』の日本版を作るとおっしゃる山本氏は、つい最近、『an・an』の「今週の眼《め》」でも触れたように、TVや雑誌で自分の顔を露出されながら、日夜、人間フォアグラへの道を極められようとご努力なさっております。

仮に、僕がフロアのキャプテンであったならば、「山本氏の料理だけ、塩を多めにして下さい」とシェフに伝えることでありましょう。もちろん、評価を良くしてもらうためにです。顔の知られた有名人である山本氏は、そもそもの立脚点が、「池波正太郎の好きな店」「田中康夫の好きな店」といったタイトルの本を作ることと同じ場所にあるのです。

僕たちよりも一足先にメイン・ダイニングへと向かわれた山本氏ご一行の中の女性二人に、「トゥール・ダルジャンからでございます」と、メートルドテルが、それぞれ、花束を渡しました。「いやあ、恥ずかしいなあ」とおっしゃられながら、けれども、ご一行は花束を手にされて歩まれました。

何回もお出《い》でになるお客さまに、気の利《き》いたプレゼントをするのは、少しもやましいところのないサービスです。いや、むしろ、当然のことでありましょう。トゥール・ダルジャンは、当たり前のことをしたに過ぎません。そうして、ご自分の舌覚に絶対の自信をお持ちの山本氏が、花束ごときで、トゥール・ダルジャンへの評価に客観性を失うことも、もちろん、ありますまい。ガールフレンドと、そんなことを話しながら、僕もまた、メイン・ダイニングへと向かいました。

前菜に、野菜のテリーヌ・トマト風味、オマール海老《えび》のトリュフ・ゼリー寄せ、魚料理として甘鯛《あまだい》とアカザ海老サフラン風味、帆立て貝アンディーヴ添えを、肉料理として鴨《かも》ローストのリンゴ酒風味ソース、それに、当日のお推《すす》めだという仔羊《こひつじ》の背肉ソース添えをオーダーしました。もちろん、前菜、魚、肉、その度毎《ごと》に、二人のプレートを交換してもらって、両方を味わいました。

ワインは、白ワインにムルソーの八〇年物、赤ワインにアーロス・コルトンの七九年物。いずれも、ブルゴーニュ・ワインです。

オーダーした料理は、それぞれにおいしく、また、そのサービスも、このクラスのレストランにおいて、しばしば体験する慇懃《いんぎん》無礼なところも、まったく感じられず、大変に心地良いディナーでありました。けれども、残念なことには、せっかく来たのだからと、二時間半以上かけて楽しんだ僕ら以外のテーブルは、かなり早いスピードでメニューを消化すると、これまた、アッという間に席を立ってしまったのです。

料理を口の中へと運ぶ度、大袈裟《おおげさ》な動作をされながら、そのリッチな出来映えを体全体で味わっておられた山本氏も、比較的早目のお帰りでした。『グルマン』の中で、「食べ終ってもそそくさと帰らず、時間の許す限り楽しもう」とおっしゃってるのにです。きっと、忙しいスケジュールを調整したのであろう、もう一組の“夫妻”が、早く二人だけになりたかったのでしょう。

片言の日本語しか喋《しやべ》れない、パリ大学出の二七歳のマネージャー、クリスチャン・ボラー氏が、まだ、一〇時を回ったばかりだというのに、フランス語で会話を楽しんでくれるお客もいないフロアで、所在なげに立っていたのが、妙に印象的でした。

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