行楽感覚の一般大衆向け「手頃な高級品」の少ない横浜そごう、イマイチ

それぞれ、ごくごく普通のスーパー、あるいは、他のデパートの包装紙にくるまれた“銘茶”よりも、付加価値が出るだろうと考えているのです。たとえば、山本山の“銘茶”を御歳暮《おせいぼ》に贈る場合を考えてみましょう。多分、どこのデパート、スーパーで買おうとも、その値段は変わらないはずです。だとすると、僕《ぼく》のまわりにいる少年少女は、仮に御歳暮を贈ることになった場合、西武だの伊勢丹だのへお出かけするでしょう。そうして、彼らの母親たちが、その立場にあったならば、三越や高島屋へお出かけするでしょう。

けれども、じゃあ、ごくごく普通のスーパーに並べてある山本山の“銘茶”を贈答品として選ぶ人が、この世の中にいないかというと、いえ、決して、そんなことはありません。一般的には、「ウーン、あそこのデパートから御歳暮を贈るのは、ちょっと」と、我々が考えてしまうデパートにだって、贈答品を選びに来る人はいます。今は東急百貨店日本橋店となった、昔の白木屋デパートなんぞは、その典型でありました。

近くに三越や高島屋があるのにもかかわらず、白木屋で山本山の発送を頼むのです。それは、白木屋だと安心して買い物が出来るのだけれど、三越や高島屋では、どうも気遅れしちゃって落ち着いて買い物出来ないや、というジャンルの人たちが、この世の中に厳然として存在したことの証《あかし》でした。

時は移り変わって、今や、デパートと名の付くところは、何処《どこ》も彼処《かしこ》も、上昇ベクトル志向に基づく店作りをしています。田舎にあるデパートですら、イン・ショップ形式でデザイナーズ・ブランド物を商品展開しているのです。どうやら、ファッション・ビルと称する専門店街を多分に意識して、こうした動きが出てきたみたいです。

けれども、ここには大きな落とし穴があります。ファッション・ビルは、それぞれに程度の差こそあれ、ある範囲内の消費者を対象とした代物《しろもの》です。ファッション傾向やそのレベル、また、心理的サイフの具合が上から下までの、ありとあらゆる消費者を対象としたデパートとは、この点で大きく異なるのです。

デパートの場合、様々なレベルの消費者、それぞれに、「エヘン、私は、ちょっぴり背伸びをすれば、こんなに値段の張るセーターを買えるのよ」という、ファッション・ビルへ行く時と同じ気持ちを抱かせることが出来なくてはいけません。そうして、同時に、気遅れせずに店内を見させることが出来て、「デパートに来たわ」という、ある種、伝統的に深層心理として残っている期待感をも満足させてあげられる。これが必要なのです。上昇ベクトルと下降ベクトルを上手に内包しているデパートは、ですから、くやしいですが、西武が一番かもしれません。

横浜駅東口に出来た「横浜そごう」は、こうした点を間違えてしまった、かわいそうなデパートです。地上一〇階、地下三階。売り場面積約六万八千平方メートル、一階だけでも後楽園球場とほぼ同じ面積なんだそうです。今のところ、人は入っています。いや、もちろん、日本で一番大きなこのデパートに、今後も多くの人が来店することではありましょう。けれども、もう少し、上昇ベクトルと下降ベクトルの出し方が上手であったならば、売り上げは飛躍的に伸びたであろうにと、僕には思えてしまったのです。

批判を怖《おそ》れずに言うならば、所謂《いわゆる》、一般大衆=ボリューム・ゾーンの人たちにとって、今一つなデパートなのです。もちろん、このクラスの人たちが、入る前に気遅れしてしまうということはないでしょう。日本一の床面積のデパートへ行くことは、「東京ディズニーランド」へ行くのと同じ、行楽感覚なのですから。ただし、安心して手を伸ばせる商品が少ないのです。いや、本当はボリューム・ゾーンの人たちにとって手頃な商品も数多く揃《そろ》っているのかもしれません。が、それは、展示の仕方も照明も新鮮さのない広い売り場の中で、埋没しちゃってる感じです。

ボリューム・ゾーンの人たちは、スーパーでなら、安い物にだけ目が行く、つつましい主婦です。が、デパートというジャンルの中に入ると、しかも、オープンしたてだと余計に、悲しいかな、実際、買うわけでもないのに、「高級な物が多いのかしら」と思って見て回ることになります。この際に、「あら、ちょっと手を伸ばせば買えそうな高級品ね」と思わせる価格帯の商品を、どれだけ用意しているか。これが、下降ベクトルを押さえた上での正しい上昇ベクトルです。

ボリューム・ゾーンの人が、ちょっと手を伸ばせば買えそうな中間より少し上の商品を豊富に集めなかった「横浜そごう」は、日本一のデパートという気負いがありすぎたのか、イタリアのルチアーノ・ソプラーニなんぞのジャケット、スカートをコーナー展開しました。今期からオンワードが輸入することになったこのブランドは、ジャケットが二〇万円近くします。そうして、都内にある小さな単独ブチックを除けば、展開は全国でも、ここだけです。

普通、この手のクラスのブランドをデパート内で扱う場合には、ちょっと手を伸ばせばボリューム・ゾーンの人も買えそうなセーター類の比率を多くしなければいけません。が、「横浜そごう」でのソプラーニは、ストレートな上昇ベクトルでの展開です。以前、三崎商事がインペリアル・プラザのゲラルディーニ・ブチックで扱っていた時には、その場所柄《がら》、トータルで揃えて買うお客が多くいました。が、同時に、セーター類も積極的に入れることで、たまたま訪れた主婦にも、「あら、買えそうね」と思わせました。

有楽町、千葉、八王子各店のイメージが足を引っ張る「横浜そごう」へ、わざわざ、ゲラルディーニ・ブチック時代の上顧客が訪れることはありません。そうして、行楽感覚のお客には手が届かない商品構成です。その結果、今までに一点も売れてないのです。それぞれのゾーンの人に不満足な「横浜そごう」の将来は、ですから、かわいそうなものだと僕は思います。

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