アメリカ車は本当に「燃費が悪くて、 故障が多くて、図体だけ大きい」のだろうか?

その昔、キャデラックの広告には、Joy of livingというコピーが入っていました。背中がパックリと開いたイブニング・ドレスの女性と、ブラック・タイの男性が車から下りてくるシーンのポスターに、このキャッチ・コピーが付いていたのです。

ニューヨークの、たとえば、ザ・ウォルドルフ・アストリアやピエールといったホテルの車寄せにキャデラックで乗り付けて、慇懃《いんぎん》にドアを開けてくれたドア・ボーイに後は車の移動を任せる。詳しい説明を加えるならば、こうしたシチュエーションです。

多分、ポスターの中の二人は、これから、パーティー、もしくは豪華なディナーを楽しむのでしょう。それは、まさに“アメリカン・ドリーム”でありました。

ところで、しばしば、日本では、今でもキャデラックに乗っているアメリカ人と、クラウンの最上級車に乗っている日本人には、選択の際、ある種、共通した心理が働いているのではないだろうか、と間違って考えられています。

クラウンの最上級車に乗っている人たちの中には、自分で商売を営んでいる人が、かなりの数、いることでしょう。そうして、この中には、たとえば、このところ大人気のベンツやBMWの上級シリーズ車を、心理的サイフの上で、それほどの苦痛を伴わずに手に入れることの出来る人たちが、これまた、かなりの数、いることでしょう。

けれども、彼らは相変わらず、クラウンを選択します。そこには、外車は左ハンドルで運転しにくいからね、国産車の方が故障が少ないからね、といった理由が、まず、あります。

実際に、外車を運転してみたならば、むしろ、大きな車の場合には左ハンドルである方が、会社役員も多く住む鎌倉《かまくら》あたりの狭い道で擦れ違う場合、路肩《ろかた》ギリギリまで寄れるので便利であることや、左折時に自転車や歩行者を巻き込む可能性が著しく減ることに気づくでしょう。

右側通行のイタリアでは、こうした現実的観点から、大型トラックには右ハンドルの車が結構、あります。そうして、また、八三年以降に作られた外車は、あのイギリス車でも故障が極めて少なくなっていることにも気づくでしょう。アメリカ車の場合は、なおのことです。

相変わらず、クラウンを選択する理由は、ですから、もっと別なところにあります。ベンツなんぞに乗ってしまうと、「景気がよろしいみたいで」と、取引先の銀行や支店長や同業他社の社長に言われそうで怖い。案外、このあたりなのです。

最上級のクラウンは、結構、いいお値段です。4ドア・ハードトップのロイヤルサルーンG3000CCなる代物《しろもの》は、四〇八万九千円です。彼らは、外見的には、2000CCのクラウンと変わらない、このクラスの国産車を二年に一回、買い替えることで、「堅実ですね」と他人に思わせ、けれども、自分自身としては、「車検より一年も前に買い替えてるんだ」と心の中で満足出来る状況を作り出しているのです。いかにも、日本らしい選択です。

アメリカで、キャデラックに乗る人たちは違います。他人の目や評価を気にして、キャデラックを選択しているわけではありません。彼らには、唯一《ゆいいつ》の戦勝国であり、農業も工業も世界一だったアメリカが、これまた、世界で一番最初にエアコンを取り付けて走らせたキャデラックを、今でも誇りに感じているのです。

今のキャデラックの広告には、趣味のいいビジネス・スーツを着た30代前半の男性と、デザイナーズ・ブランドっぽいスーツを着たお利口そうな20代後半の女性が登場しています。日本では、なぜか、かるーいニュアンスとなってしまったけれども、アメリカでは、ヤング・エスタブリッシュメントという意味合いで捉《とら》えられているヤッピー、あるいはその卒業生にターゲットを合わせているのです。

ところで、『週刊朝日』2月7日号は、「米国車よ、サヨウナラ! 西独車〈ベンツ・BMW〉に追われ、ついに〈ムスタング〉も輸入打ち切り」という特集記事を掲載しました。正規代理店によるムスタングの輸入が中止されることを報じるこの記事は、同時にベンツ、BMWといった西ドイツ車が人気を集めていることも紹介しています。

なぜにベンツやBMWが日本で売れるようになったかについては、いずれ、別の機会に述べなくてはと思いますが、五四年には一万六七〇〇台売れていたアメリカ車が、去年は一八一六台、一方、西ドイツ車は去年、四万台も売れているのです。明らかに違います。

これには、幾つかの理由があります。が、最大の理由は、「燃費が悪くて、故障が多くて、図体だけ大きい」イメージがアメリカ車にまとわりついてしまったのに対して、西ドイツ車には、「故障が少なく、乗り心地が良い」というイメージが出来上がったせいでしょう。

そうしてもうひとつ、アメリカ車をお手本として来た日本車メーカーが、いつの間にか、欧州車、中でも西ドイツ車を目標とするようになってしまった。これも、エンドユーザーたちのアメリカ車に対する認識を変えてしまった大きな理由のひとつでしょう。

では、アメリカ車は、今でも本当に、「燃費が悪くて、故障が多くて、図体だけ大きい」のでしょうか。いいえ、決して、そんなことはありません。九四五万円のキャデラック・フリートウッド・エレガンスは、実に快適な車です。故障も少なく、運転もしやすく、室内も広々としています。

BMWの745iは一一四八万円、ベンツの560SELに至っては一五九五万円もすることを考えると、実にお買い得です。アメリカでは、ベンツに乗る人は、たとえば、フジTVの社長や久米宏氏のようなニュースキャスターと考えられています。そうして、キャデラックに乗る人は、たとえば、三井物産の社長と考えられています。が、日本では、所ジョージ氏のような人がアメリカ車に乗るイメージとなってしまいました。

このイメージを変えれば、では、アメリカ車は再び日本で売れるようになるのでしょうか?

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